kumakuma blog

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大和郡山城跡・天守台展望施設からの眺めは素晴らしかった

今回は、またまた「いつでも行けるから行かずにいたけど、行ってみたら  めっちゃ よかったシリーズ(長っ!)」です。

 

皆さま「大和郡山城」は、ご存知でしょうか?

戦国大名・筒井順慶によって築城され、豊臣秀吉の弟・豊臣秀長も城主になったことで有名な、奈良県にあるお城です。

また、桜も有名で「大和郡山お城まつり」には多くの人が訪れます。

 

…が、私が行ったのは、2019年2月15日。

桜ではなく、梅が咲き初める頃でした。

折しも「盆梅展」なるものも開催されていました。

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1.大和郡山城について

1578年頃、織田信長の後ろ盾で大和国を平定した筒井順慶が構築。

筒井氏が伊賀国に転封ののち、1585年に豊臣秀吉の異父弟である豊臣秀長(秀吉の信頼が厚く、豊臣政権の大黒柱として活躍した)が大和・紀伊・和泉三ヶ国を領する百万石の太守となって、郡山城に入った。

この時「百万石の太守」にふさわしく、とばかりに城郭の拡充が進められた。

その後たびたび城主・藩主の交替があったが、1724年に柳沢吉里が15万石で甲府から転封、以後、柳沢氏郡山藩は明治維新まで続いた。

明治6年に破却されたが、石垣や堀の多くは今も往時の姿を留めている。

「日本さくら名所100選」に桜の名所として選定されている。

また2017年には「続日本100名城」にも選ばれた。

 

☆こぼれ話《筒井順慶》

筒井順慶と言えば、本能寺の変後、明智光秀の天下をかけた戦いである山崎の戦いで「洞ヶ峠を決め込む」や「洞ヶ峠の日和見」など、光秀につくか秀吉につくか、はっきりせず傍観し続けた日和見主義という悪評で知られています…が、事実はどうもそうではなく、この時、順慶は出陣していなかったようです。

来年のNHK大河ドラマの主人公は明智光秀ですから、終盤で順慶がどのように描かれるのか…気になります。

奈良県民としては、汚名返上してほしいところです。 

城内の見取り図は、コチラをグググっとズームしていただけると、よくわかります☝

 

公共機関でのアクセスは、近鉄郡山駅から徒歩8分です。

 

郡山城の無料駐車場は、10台ほどしか停められません。

ですが、近鉄の線路を挟んで向かい側の「やまと郡山城ホール」の駐車場(179台、2時間まで無料)を利用することをオススメします。大和郡山城までは徒歩10分ほどです。

ただし、「大和郡山お城まつり」の時期はかなり混雑しますので、公共機関を使う方が無難だと思われます。

 

2.柳沢神社

近鉄の線路に沿って歩いていき、踏切を超えて郡山城への坂を登っていくと、左手に学校が見えます。

県内有数の進学校で、城内に校舎がある県立郡山高校です。

その向かい側に、柳沢神社の鳥居があります。

そのまま中に入っていくと…

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立身出世、学問の神様と仰がれる柳沢吉保公が祀られています
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見事なご神木です

 

3.天守台展望施設へ

崩落の恐れがあった天守台の石垣の修復と展望施設の整備が終わり、2017年3月から、一般公開されてます。

…が私、こんな展望施設が出来ていることを知らないで行ったので、見た瞬間テンション上がりました(笑)。

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郡山城天守台展望施設

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「転用石」が多く使われている石垣

築城のための石不足で奈良中から、寺々の庭石や礎石、五輪塔、石地蔵などを接収し、石垣に使われたものが「転用石」と呼ばれています。
そればかりか、石地蔵や、五輪塔さらには平城京羅城門の礎石なども使われたそうです。

中でも有名なのが「さかさ地蔵」です。

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石造地蔵菩薩立像が逆さに積み込まれています

…お地蔵様の頭が下になっているのが、おわかりいただけますでしょうか?

こんなぞんざいに突っ込むなんて、よっぽど戦国時代は、石垣用の石が足りなかったようですが(奈良県は上質の石が少なかったそうです)…

さすがにというか案の定というか、この天守は逆さ地蔵の祟りや大和大地震で倒壊したという俗説が残っているようです。

現在は、地元の方々によって祀られています。

 

では、展望施設からの景色です。

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若草山が見えます

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なんと 薬師寺も見えます

 他にも、大和郡山の街並みはもちろん、平城京大極殿も見えます。

奈良県には、高い建物が少ないので、貴重なビューポイントです。

そして、申し遅れましたが、城内入場は無料です!

クマ子は、全力でオススメします!

 

さて展望施設を降り、もと来た道を通って、お城の東側に向かいます。

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途中に「柳沢文庫」という柳澤家所蔵の書画や、郡山藩の公用記録をはじめとする藩政史料が公開されている建物があります。

入場料は大人200円です。

この日は、スルーしました。

 

4.盆梅展

さすがに梅の時期だったので…期間限定(毎年だいたい2月初旬~3月中旬くらいまで)の「盆梅展」なるものが開催されていました。

正直、あんまり盆栽には興味がなかったのですが、追手門・追手向櫓・多聞櫓の中に入れる(通常は入れません)!という情報をみたので、入場することにしました。

入場料は大人450円です。

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 盆栽は、迫力ありました。

再建された建物ですが、中は間口や廊下の感じが、お城の中にいる雰囲気がしました。

 

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多聞櫓 1981年再建

 

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追手向櫓 1987年再建

 

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城内の梅は五分咲き?といったところ。

 

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追手門(梅林門) 1980年再建

 

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追手東隅櫓 1984年再建

 

こうして歩くと、城内はけっこう広いです。

さすが、豊臣秀長の時代、100万石太守のホームだっただけあって、立派な城構えでした。

いったい今までの人生で私、何回、このお城の前や横を素通りしたのでしょう…

近くのお城が こんなに素晴らしかったとは!

まだまだ整備していく計画があるみたいなので、これからも期待できそうです。

 

5.最後に

今回、部分部分の写真ばかりだったので、近鉄線の向かい側の「やまと郡山城ホール」の前から撮影した追手東隅櫓からの一枚を貼っておきます。

2018年3月(桜の開花が早かった年)だったので、枝垂れ桜が咲き始めています。

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 この日は1人息子の卒業式で、これから約10日後、彼は就職先の会社の寮へと旅立っていきました。

ちょっと思い出して、ウルっときちゃいました。

 

最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。

 

 

おまけ : 今日のクマさん

 

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うう~ 出れない…