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高松塚古墳壁画(国宝)修理作業室の公開に行ってきました

いつも、当ブログにお越しいただきありがとうございます(*‘∀‘)

 

今回は、現在公開されている高松塚古墳壁画と高松塚周辺地区をレポートしてみたいと思います(来訪日2019年7月22日・写真は一部2019年1月撮影分を含みます)。

 

  

1.高松塚古墳壁画(国宝)公開

2019年7月20日から26日までの期間、高松塚古墳壁画修理作業室の公開が行われています。

申し込みは、インターネットか往復はがきですが、定員の空きがあれば、当日に現地で受付も可能です(だいたい空きはあります)。

修理作業室の見学は無料です。

詳細は文化庁のHPをご覧ください☟

国宝高松塚古墳壁画修理作業室の公開(第26回)について | 文化庁

 

高松塚周辺地区の公園館の右手の、セミナーハウスのところが受付になります。

10分ほどの映像を見て、知識を頭に入れてから案内してもらえます。

私の班は20名程でした。写真撮影は禁止です。

 

普段は入れないところの門や扉を開けていただき、何人かの警備員さんの姿を見ると、国宝を見せてもらえる感が倍増していきます(笑)。

入口ではなんと、小型のオペラグラスを渡されました。

中に入ると、納得。

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作業室は まさにこんな感じ

通路から壁画まで、けっこう距離があるのです。

 

キトラ古墳壁画ほど、近くでは見れませんが、それでも本物を目にするのは、やはり違います。

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西壁女子群像は すっかりお馴染みですね

修復作業は、あと1年ほどで終了する予定らしく、かなり壁画が綺麗になってきていますので、今の時期に見るのはラッキーだと思いました。

壁画修復作業終了後の展示については、保存方法などを考えながら検討中だそうです。

 

見学時間は各班10分ずつ。ちょうどいい按配の時間です。

セミナーハウスも修理作業室も、エアコンが効いていて快適でした(*'▽')

 

現在、キトラ古墳壁画(南壁)も公開されています(2019年7月20日~8月18日)。

お時間のある方はこちらも行かれることをお勧めします。

 

そして外に出て、高松塚古墳に向かいます。

暑い!!

 

2.高松塚古墳と壁画館

公園館からけっこう歩きます。

10分くらいですが、ちょっとアップダウンがあるので、高温多湿なこの時期は、キツイものがあります(汗)。

水分と扇子などは、必須です。 

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高松塚古墳 築造時期7世紀末~8世紀初め 

発掘調査の結果を踏まえて、古墳の外観は復原されています。

 

高松塚壁画館は、石槨内部・壁画と副葬品のレプリカが展示されています。

普段は、本物の国宝の方を見ることは出来ませんので、こちらの壁画館で内部の状況がわかります。

入場料大人300円です。

 

この高松塚古墳、被葬者は誰か?という疑問に結論は出ていませんが、天武天皇の皇子説が有力みたいです。

私は、この問いへの答えとしては、個人的にこの本が面白かったです☟

黄泉(よみ)の王(おおきみ)―私見・高松塚 (新潮文庫)

著者の梅原猛先生は、今年の1月にお亡くなりになられた著名な哲学者ですが、梅原日本学とも呼ばれる分野での功績も残しておられます。

この方の歴史に対する考察が面白いです!

哲学って聞くと、私には縁がないな~と思っていたのですが、資料至上主義に偏らず、常識的な判断と知識で、熱く語り論証を上げていく内容は、本当に面白くてグイグイ引き込まれます。

何より、非常に頭のいい方なのに、文章が分かりやすいんです。

私のようなポンコツ頭でも理解出来るように、書かれています。

そういうところも、ブログを書く上でも、ぜひ見習いたいところです!

 

3.文武天皇陵と中尾山古墳

高松塚古墳から南に向いてしばらく歩くと「文武天皇陵」に出ます。

文武天皇は、父は草壁皇子・母は阿閉皇女(後の元明天皇)、祖父は天武天皇・祖母は持統天皇という、すごい面子のロイヤルファミリーの希望の星だったのに、幼い頃から病弱で、若くして亡くなられてしまったようです。

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第42代天皇 707年に24歳で崩御

 

一方、高松塚古墳から北に向いてしばらく歩くと「中尾山古墳」があります。

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築造時期は7世紀末~8世紀初め 八角形墳

発掘調査の結果、なんとコチラが「文武天皇の檜隈安古陵」である…と言われているのですよ。

 

じゃあ、さっきの「文武天皇陵」は誰のお墓なの???

 

そもそも天皇陵が治定されたのは江戸時代で、当時の低レベルの調査結果を元に、尊王思想が広がってきた幕末に、急ぎ足で行われたそうなのです。

ならば、現在の知識と発掘調査技術で治定し直せばいいのですが、宮内庁のOKが出ないそうなのです。

天皇陵や陵墓参考地は、調査のために暴かれるものではない、という意見はよくわかるのですが…

では「中尾山古墳」は、このまま放っておくの?

「文武天皇陵」である確率は、かなり高いと言われてるのに?

 

「仁徳天皇陵」等を含む中百舌鳥・古市古墳群が世界遺産指定されたことで、天皇陵の治定のことが話題になってきていますが、この「文武天皇陵」「中尾山古墳」の状況を見ていると、何だかな~という感じです"(-""-)"

 

4.鬼の俎(まないた)・雪隠(せっちん)

さて、高松塚周辺地区からは出ていくことになりますが、公園館の辺りに出ている看板の矢印に従って歩いて行くと、約700m程で、「鬼の俎(まないた)・雪隠(せっちん)」と呼ばれる不思議な石造物のところに出ます。

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鬼の俎(まないた)

 

この奇妙な名前の由来は、昔この辺りに鬼が住んでいて、旅人を捕まえてはこの石の上で調理し

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鬼の雪隠(せっちん)

 

雪隠で用を足した、という言い伝えによるそうです。

確かにそんな伝説があっても不思議はないくらいの、想像力を掻き立てられる石造物です。けっこう大きいし。

 

ただ、周辺の調査の結果は、墳丘が無くなった古墳内部の石室がバラバラに置かれている、ということになっているそうです。

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石室の 底(俎)と蓋(雪隠)ということに

石室を打ち割って、運び出そうとした痕跡があることから、乙巳の変で排された蘇我宗家にかかわりのある人物の墓が暴かれた跡ではないのか、という説もあるそうです。

 

5.天武・持統天皇陵

「鬼の俎・雪隠」からさらに東向きに歩くと、「天武・持統天皇陵」に出ます。

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夫婦で合葬されています

この天皇陵ですが、鎌倉時代に盗掘された時の資料が確認されているため、なんと!本物の「天武・持統天皇陵」であることは、ほぼ間違いないと言われています。

他の天皇陵の治定がなかなか本物かどうか確認できない中での、めったにないケースです。

天武天皇の棺の中には、人骨が残っていたそうですが、日本の天皇で初めて火葬された持統天皇のお骨は、銀製の蔵骨器ごと盗まれ「骨は山中に捨てた」という盗賊の証言が記録に残されているそうです…。

 

ところでコチラの天皇陵は、小高い丘の上にあります。

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遠目で見ると こんな感じです

さらっと紹介してきましたが、

高松塚周辺地区→鬼の俎・雪隠→天武・持統天皇陵のルートを、この季節に歩くと、若干、体育会系のウォーミングアップの様相を呈してきます(汗)。

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正面の階段から振り返ると こんな感じです

運動不足解消にはなりますが、水分補給は、ぜひともお忘れなく(;^ω^)

 

無料駐車場は、約30台分ほどなので、休日は停めるのは厳しいこともあります。

その際は、無料駐車場の向かいの「高松塚駐車場」に停めれます。

料金は500円です。

 

公共機関でのアクセスは、高松塚古墳までは、近鉄飛鳥駅から徒歩約15分です。

いずれにせよ、明日香の観光は割と広範囲に動くことになりますので、レンタサイクルなどがお勧めです。

 

明日香村の観光は、高松塚周辺だけでも、こんなに盛りだくさんです。

まだまだ、お伝えしたい場所はたくさんあります。…が、

高松塚古墳壁画修理作業室公開は7月26日まで、キトラ古墳壁画(南壁)公開は8月18日まで実施されますので、興味のある方には、ぜひともお勧めします。

「ホンモノが持つ力」を、どうぞご確認ください。

 

本日も、最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

おまけ : 今日のクマさん

 

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暑いから…エアコンのリモコンは離しませんよ