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断捨離を進める喜寿の母にぴったりのプレゼントになった薬師寺のお写経体験とは?

おかげさまで、もうすぐ母が喜寿を迎えます。

 

プレゼントどうしよう…と悩みは深く…

それもそのはず、私とて娘歴は約半世紀(汗)…
母に贈った誕生日プレゼントと母の日プレゼントは、相当な数に上っています。

さすがに正直、ネタも尽きます。
ありきたりのモノは、渡し尽くしました(;'∀')

 

しかも母もそろそろ、自宅の断捨離を進めている様子です。
そんなタイミングで、モノが増えてもなぁ…と思案し続けること約一ヶ月。

 

そうだ、母と一緒に薬師寺のお写経に行こう!とヒラメキました!(^ ^)!

薬師寺公式サイトはこちら

その理由とは?

 

 

私の年齢でも思うのですが…
たとえ、たくさんのモノを手にしたとしても、あの世には何も持っていくことは出来ません。
ならば、自分が書いた写経が、美しい薬師寺に残り続けるなんて素晴らしいな…と思ったわけです。

母もそう思ってくれたらいいな…

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では、薬師寺のお写経をチョイスした理由とその成果(2019年7月30日来訪)を順番にご紹介します。

 

薬師寺のお写経体験が断捨離を進める喜寿の母にぴったりのプレゼントになった理由① 断捨離中の母には、モノより体験!

ウチの母は戦時中の生まれです。

モノが無くて苦労したせいもあると思うのですが、実家はまるで倉庫みたいになってます…。

「もったいない」と言って、何も捨てません。

トイレットペーパーやティッシュペーパーの安売りがあれば、5個くらい掴んで帰ってきます…。どこに置くねん…。

 

そんな母が、やっと断捨離を進める気になってくれたのです。

ここで、さらにモノを増やす方向に持っていく方法に進むことは、娘としては何としても慎まなければなりません。

 

それはそうと、今年の初めくらいに、母に「美味しいお蕎麦屋さんに行こう」と言って、連れ出したことがあるのです。

予約しないと無理で、なおかつ予約も早めにしないと入れない人気店でした。

そして、母もとても気に入ったみたいで、その後、自分の友達を誘って行って「友達も美味しいって言ってくれた」と嬉しそうでした。

その時、思ったのです。

もうすぐ喜寿の母・生誕半世紀!?の娘コンビは、モノより体験を積み上げていった方がいいのでは…と。

 

私も、のちのち一人息子に迷惑をかけるわけにはいきません。

母のことを言っていないで、私も今から少しづつ、モノは減らしていかないと…。

 

薬師寺のお写経は書き終えると、薬師寺に納経することになります。
家に持ち帰らないので、モノが増えません。


けれども、お写経をしてみた体験や、その時感じたことは、自分の中に残ります。
断捨離中には、ぴったりだと思いました。 

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薬師寺のお写経体験が断捨離を進める喜寿の母にぴったりのプレゼントになった理由②薬師寺に行ったことがない

「お母さん、薬師寺行ったことないねん」と衝撃的なカミングアウト…。

今までさんざん出歩いている人なのに、灯台下暗しでした。

まあ、奈良県民ってけっこうこんなもんですが。

近いから、いつでも行けるし!って思って行かないままになるっていうパターンです(;'∀')

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それなら私も、自分のお気に入りのお寺を紹介できるのですから、願ったり叶ったりです。

 

薬師寺のお写経体験が断捨離を進める喜寿の母にぴったりのプレゼントになった理由③大勢の人のお写経勧進によって伽藍復興を成し遂げた薬師寺の写経パワーが凄いから

戦後の薬師寺の伽藍復興は、全国からのお写経勧進のみ!で成し遂げられました。

 

そしてそれを可能にしたのが、話の面白いお坊さん、として有名な高田好胤菅主(1924~1998年)です。

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高田好胤管主のことばが書かれている

 

こちらは、東僧坊の壁に架けられていた現在の薬師寺の写真です(現状、東塔は解体修理中で覆屋がかけられています)。

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今や世界遺産にも認定されていて、立派な伽藍です。

 

そもそも、私が薬師寺復興に興味を持ったのが、ネットで見かけたこの写真でした☟

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この写真をみて「え?」と驚き、いろいろと調べました。

 

奈良時代の薬師寺は、南都七大寺の一つとして大伽藍を誇りましたが、平安京遷都後、幾多の火災でどんどん伽藍を失っていき…

遂に戦国時代の1528年の戦火で、東塔を除く全ての堂宇を焼失します。

その後、江戸時代後期に、仮金堂と仮講堂が建てられたのみの状態が、20世紀半ばまで続きます。

薬師寺Wikipediaはこちら

 

もちろん、私が奈良の地で長年、目にしてきた薬師寺は、東塔以外は近年建てられた感が漂っていましたので、てっきり…

・税金で再建された

もしくは

・大金持ちの檀家さんがこぞって寄付をした

か何かなんだろうと、呑気にも思っていたのです。

 

ですが…檀家組織を持たない薬師寺にとって、再建費用を捻出することは不可能だったのです。

しかしそれでも、朽ち果てた仮金堂に収められているご本尊が忍びない…と、高田好胤管主は薬師寺の住職になった時に、金堂再建を決意されました。

 

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お写経道場にある高田好胤像

そこで、高田好胤管主はお写経勧進を思いつきます。 

写経納経供養料は、1人1000円です(現在は2000円)。

金堂再建時には、100万人にお写経してもらう必要がありました。

そんなの無理に決まっている…、タレント坊主…、などと罵られながらも、1967年に管主に就任して以来、楽しい法話を武器に全国を駆け回った高田好胤管主。

仏教をわかり易く語りたいとの思いで、誰にでもわかりやすく語ることを気にかけられていたそうです。

私も、ブログをやってみて「わかりやすく伝える」ことの大切さが身に染みてきていますが…。

 

そして遂に、1976年に念願の100万経を達成し、金堂が再建されます。

高田好胤Wikipediaはこちら 

 

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薬師寺・金堂(1976年再建)

 

その後、お写経勧進はどんどん進められ、金堂のみにとどまることなく、西塔・大講堂・玄奘三蔵院など、次々と伽藍が再建され、

1998年には「古都奈良の文化財」の一つとして、世界遺産登録されます。

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現在の伽藍図

 

つまり、薬師寺の現在の堂々たる佇まいを生み出したのは、なんとお写経なのです。

それだけ多くの人を惹きつけている薬師寺のお写経なら、母もきっといい体験が出来るはず…と思いました。

 

薬師寺のお写経体験が断捨離を進める喜寿の母にぴったりのプレゼントになった理由④納経すると、薬師寺の金堂・西塔・大講堂のいずれかに永代供養される

そうなんです。

お写経を納経すると、薬師寺の金堂・西塔・大講堂のいずれかに永代供養していただけるのです。

つまり、薬師寺が存続する限り、自分の書いたお写経は残り続けるのです。

 

私でも、嬉しいです。

私が亡くなった後も、息子が、あの美しい薬師寺を見る度に「お母さんの写経が収められているところだ」と、私のことを思い出してくれたら…と思うと。

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きっと母も、同じように思ってくれるだろう…と考えました。

 

お写経を体験してみて

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☝これは、薬師寺での第一巻目のお写経のお手本です。

 

実際には、この上に半紙が敷かれています。

お写経に必要な、墨も硯も筆も文鎮も、すべて用意して下さっています。

一回目のお写経であることを伝えると、受付の方も、お写経の担当のお坊様も、大変親切に教えてくださいます。

私たちがすることと言えば、墨を擦って、ひたすら文字を筆でなぞるだけです。

 

お習字なんて、いったい何年やっていないのでしょう。

あまりに久しぶりなので、最初は戸惑います。

そのうちだんだんと慣れてきて、「上手に書こう」という気持ちが生まれます。

「無」という感じがたくさん出てくるので「次こそは、上手に書いてやる!」と思って何度も挑戦していくうちに、不思議と、自分の心が「無」になってきます。

静かで、整然としていて、上品なお香の香りが漂うお写経道場の居心地の良さと相まって、どんどんと幸福感が満ちてきます。

全部書き終わるまで、1時間ちょっとかかりましたが、この時に感じた達成感と幸福感は、何物にも代えがたい…と思いました。

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母は最初、しぶしぶという感じで、薬師寺に付き合ってくれていたのですが、お写経が終わる頃には、「久しぶりに字を書いたから、肩凝ったわ」と言いながらも、すっかり笑顔。

お写経をする前と後とでは、別人のようになり、俄然、薬師寺に対して興味を持ち出しました。

 

お写経をすると、当日のみ利用可の拝観券がいただけるので、そのまま白鳳伽藍に向かいます。

 

特に、納経が永代供養されるという金堂・西塔・大講堂は、食い入るように見ていました。

「あんな汚い字で書いたモンお断りやわ~って言われそう」と言いながらも、ご機嫌な母(笑)。

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西塔 1981年再建

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大講堂 2003年再建

 

写経を体験して、その後、再建された堂宇を見ると、感慨が湧きます。

こんなに素晴らしい堂宇を再建することを可能にしたお写経の素晴らしさ、心を込めて納経したたくさんの人々の想い、不可能だとバカにされながらも復興を成し遂げた高田好胤管主の心の強さ…。

加えて、縁起である天武天皇が鵜野讃良皇后(のちの持統天皇)の病気平癒のために発願されたお寺であることなど…

飛鳥時代からのたくさんの人々の想いと、現代のたくさんの人々の想いが結集して、この薬師寺は今ここにあると思います。

母も同じように感じてくれたみたいで、暑い中、長い時間をかけて拝観していました。

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大講堂をバックに

 

また、この日は蓮がキレイに咲いていて、私たちのお写経体験に、まさに花を添えてくれました(^^ゞ

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後ろは 食堂(2017年再建)

 

 

その後、薬師寺から車で3分ほどの「倭膳たまゆら」で、一緒にご飯を食べて帰りました。

倭膳たまゆら公式サイトはこちら 

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実家に送っていっている間も、ずっと笑顔だった母。

今回のプレゼントは成功!でした♪ 

 

まとめ

自分自身でも、思いもかけない、喜寿の母へのプレゼントになった薬師寺のお写経体験。

体験を共有できた、ということは、想像以上に良かったです。

もちろん、その体験が、上質で本物であったからこそ、いいプレゼントになったのは、間違いないですが。

母とこうしていられる時間が、あとどのくらい残されているのかはわかりませんが、今回のような体験を、一つでも多くこれからも積み上げていきたい…と思っています。

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断捨離に関心をお持ちのお母さまには、ぜひ体験プレゼントされてみてはいかがでしょうか?

特に、喜寿を迎えるようなご高齢の方には、薬師寺のお写経体験がおすすめです。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。