kumakuma blog   クマ子の奈良歩き

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格調高い世界遺産唐招提寺・金堂のご本尊は…?

今回からしばらくは、世界遺産でもある「唐招提寺」にスポットを当てていきたいと思います。

なぜなら…

来年1月早々に、受験する予定の「奈良まほろばソムリエ検定奈良通1級」の特別問題に指定されているのが「唐招提寺」だからです(;^ω^)

100問ある中で10問、唐招提寺に関する問題が出ます。

間近に迫った試験対策ということもあり、唐招提寺について、ゴリゴリと掘り下げていこうと思います(笑)。

ぜひ、お付き合いくださいませ(*'▽')

 

 

唐招提寺はどんなお寺?

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一言でいうと、ズバリ「鑑真」のお寺です。

「鑑真和尚」は、歴史の教科書でお馴染みですよね。

奈良の平城京に都があった頃、6度の苦難と失明を経て、12年後の753年(孝謙天皇・聖武太上天皇の御世)に、はるばる唐(中国)から、日本における正式な授戒制度を確立するために来日し、10年後にそのまま日本に骨をうずめた、大変有名な高僧のお方です。

 

日本はもともと、神道の国で、仏教伝来からもこの当時は200年足らず。

未だ、正式な僧になるための授戒制度が確立されていませんでした。

そのために、聖武天皇は唐から高僧を招聘するように命じます。

それに応えてくれたのが、当時55歳になっていた鑑真和上でした。

彼は、精力的に律を講義し、布教を行いました。

 

中でも有名なのは、東大寺大仏開眼供養において、聖武太上天皇・光明皇太后・孝謙天皇に受戒したことです。

鑑真和尚は、来日から10年後の763年に、76歳でその生涯を閉じましたが、彼の志は弟子たちに受け継がれていきます。

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唐招提寺は 萩の花の名所としても有名

鑑真和尚を祀った「開山堂」、彼のお墓である「御廟」、鑑真が掘ったと伝わる「醍醐井戸」など、彼の功績を偲ぶような伽藍配置図になっています。

この時代、日本への船旅にかなりの危険が伴うことに加えて、唐が自国民の出国を禁じていたこともあり、鑑真は本当に苦労したようです。

 

ですが彼は、純粋に正しい仏教を伝えたい…という想いで来日してきたと思われます。

そんな、鑑真和尚の澄み切った心を映しているかのように、唐招提寺は、とても格調高いお寺になっています。

まさに、心洗われるような空間です。

 

以前、薬師寺と最寄駅が同じ…ということで、こんな記事を書きました☟ 

アクセスや拝観情報については、こちらをご覧ください<(_ _)>

www.norikuma2.com

唐招提寺についてはコチラ

 

尚、一点追加情報があります。

下世話な言い方ですが、拝観料が一気に跳ね上がります!

今まで、大人600円だったところが、1000円に( ゚Д゚)(小中高生については変更なし)!

まあ、今までの600円が、この規模の世界遺産にしては、かなり良心的なお値段だったので、 仕方がないとは思います(;^ω^)

新拝観料は、令和2年4月1日からなので、600円のうちに行きたい方は、ダッシュしてくださいね(笑)。

 

ちなみに、今回の記事でご紹介するエリアはコチラになります☟

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唐招提寺を物語るがごとき「南大門」

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唐招提寺の入口にあたる「南大門」です。

鑑真和上の1200年遠忌を機に、1960年に天平様式を模して再建されました。

堂々たる佇まいです! 

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正面に見えるのは 金堂

しかしながら目を惹くのは、 正面に掲げられている「唐招提寺」勅額です。

これは、孝謙天皇の筆によるものといわれ、唐招提寺創建時に下賜されたものだそうです。

当時は、中門もしくは講堂に掲げられていたものといわれています。

現在、本物の勅額の方は「新宝蔵」に納められ、南大門の方はレプリカです。

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筆跡は、人を物語る…とも言いますが、この字を見ると「孝謙天皇」って、どんな人だったんだろう…と想像が巡ります。

 

孝謙天皇は、東大寺の大仏を建立した聖武天皇と皇族以外で初めて皇后になった、藤原不比等の娘である光明皇后との間の一人娘(弟の基皇子は1歳で早逝)で、何としても次の天皇も出したい藤原氏からのゴリ押しもあり、日本初の女性皇太子になったお方です。

僧の道鏡とのスキャンダルでも有名な天皇で、孝謙天皇のち重祚して称徳天皇となります。

 

ですが、私としては、結婚前に皇太子に擁立されたことから、誰とも結婚することも恋愛することも許されず、天皇として生きるしかなかった女性…というイメージが強いです。

そして、孝謙天皇であった頃は、母の光明皇太后や藤原仲麻呂(恵美押勝)には逆らえなかった印象もありますが、重祚して称徳天皇となった後には、しっかりとした発言力を持っていたように思えます。

藤原氏内部の、壮絶な権力争いのただ中に生きた方ですが、この几帳面なまでに整った筆跡からは、真っ直ぐな力強さを感じずにいられません。

 

いずれにせよ、この孝謙・称徳天皇を最後に、天武系の天皇は系譜から姿を消すこととなります。

 

大御所が三体も⁉金堂(国宝)

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金堂(国宝) 奈良時代(8世紀後半創建)

さて、南大門をくぐろうとして真っ先に目に飛び込んでくるのが「金堂」です。

いきなりの、真打ち登場(;^ω^)

この金堂のすごいところは、奈良時代創建の金堂で、現存する唯一の建造物であるところで、もちろん「国宝」に指定されています。

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1200年以上もの間、この地にある建物の重み

2009年には、およそ10年に及ぶ「平成の大修理」を終え、落慶法要が営まれています。

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天井を見上げるだけでため息が出ます…(´艸`*)

圧巻!

 

さて、こちらの金堂は、建物だけではありません。

中のご本尊がスゴイんです!

お寺の金堂のご本尊といえば、普通は、薬師如来や盧舎那仏、弥勒菩薩などの仏像の左右に、いわゆる脇侍といわれる菩薩や明王、天などが置かれます。

これはだいたい形式が決まっていて、例えば、ご本尊が薬師如来なら、脇侍は日光・月光菩薩…といったところです。

例えば…お隣の薬師寺のご本尊はこんな感じです

 

ですが、この唐招提寺の金堂のご本尊は盧舎那仏坐像、脇侍にあたるのが、右側が薬師如来立像・左側が千手観音立像…と、大御所のオンパレード‼

もちろん、全て国宝です。

 

例えていうなら、フランス料理のメインディッシュに、分厚い米沢牛と松阪牛と宮崎牛が一気に出てきたような驚きですΣ(゚Д゚)

そう、嬉しいけれど、盛り過ぎだよ~みたいな感じ(;^ω^)

 

確かに見た瞬間、この三体が並び立つことに違和感を覚えたのは間違いありません。

しかも、三体とも大きいのです。

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盧舎那仏坐像(脱活乾漆・奈良時代)

本尊の盧舎那仏坐像には、その光背に874体の化仏をしたがえ、光背も含めた高さは、実に515cm‼にもなります。

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薬師如来立像(木芯乾漆 漆箔・平安時代)

また、薬師如来立像は、337cmですが、何と言っても驚きなのは、千手観音立像です。

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千手観音立像(木芯乾漆 漆箔・奈良時代)

こちらも、536cmもの高さがあるのですが、手の数も本当に千本近く…953本もあり、それらの手には、宝珠・独鈷杵・宝弓などとともに、なんと創建当時の唐招提寺・金堂の姿を現したのではといわれる「宮殿」まで、さまざまモノを持っておられます。

平成の大修理の際には、一本ずつ解体され修復を受けました。

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☝並べるだけで、約1か月かかったそうです…( ̄▽ ̄;)

気が遠くなりそう…(;´・ω・)

 

まとめると、

唐招提寺金堂の仏像は、大御所が三体並んでいてお得感満載ですが、大きすぎ&圧倒され過ぎで、少々胸焼けがする恐れがあります(注・個人の感想です)。

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しかしながら、この三体の仏像のご利益は素晴らしく、

『盧舎那仏』…現世安穏・所願成就

『薬師如来』…病気を治す・命を延ばす

『千手観音菩薩』…七難(火難・水難など)を免れる…

となっています。

なので、唐招提寺にお参りされる前には、願い事をしっかりと考えてから行かれるといいと思います(*'▽')

 

《参考文献》 


 

・唐招提寺発行公式パンフレット

 

今回のまとめ

まだ、南大門から金堂までしかご紹介していないにもかかわらず、内容の濃い「世界遺産・唐招提寺」。

金堂から向かって左側手前には、会津八一の歌碑があります。

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「おほてらの まろきはしらのつきかげを つちにふみつつ ものをこそおもへ」

 

クマ子は、歌の心得などまったくありませんが、この場に来ると、歌を口ずさみたくなる気持ちはわかります。

訪れた日は、2019年9月26日で、修学旅行生たちを始め、観光客がひっきりなしに訪れていましたが、唐招提寺が持つ、静寂さは保たれたままでした。

ものすごく格調高いこのお寺を、次回も引き続きご案内していきたいと思います(^ ^ゞ

 

また、別ブログ「クマ子の卒母DAIRY」では、年末の忙しい時期、簡単にいつもの朝食が豪華に見えるドレッシングの作り方の記事をアップしています(*'▽')

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最後までお読みいただきありがとうございました<(_ _)>