「そば」…素敵な響きですね😋♬
そばと言えば、私は、長野県とか出石そばとかを想像します。
特に、出石そばは大好物で、1年に2,3回食べに行くほど(;^ω^)
しかしながら、我が奈良県で特にそばはあまり聞きません。
ところが、新そばが食べれる場所があると聞きまして…
9月末に訪れてみました(この時は、そば畑だけを急ぎ足で💦)。
それは、桜井市にある「笠」という地域。
今回は、お蕎麦の話を始めとして、桜井市の笠地区と龍王山を、これから行きたい場所としてご紹介します✨
笠山坐神社(笠山荒神社)
笠は、わが国で一番古い大型集合遺跡である纏向遺跡辺りから、東へと山を入っていった場所にあります。
別のアプローチとしては、長谷寺からさらに北に山に入っていく方法もあり、古来より大和朝廷が、発展していった地域から奥まった場所でもあります。
9月に訪れた時は、あまり時間がなくて、そば畑の写真だけ撮って、急いで帰ったような状況だったのですが、それでもその時の印象としては、隠れ里…という感じを受けました。
なんだかいろいろな伝承があるような気がしてなりません。
奈良検定が終わったら、いろんな本を探して読んでみたいと思っています。
そんな笠で、一番有名なのが「笠山坐神社(笠山荒神社)」。
「かまどの神」として、現代では、主に飲食店関係の方の信仰が厚いとのこと。
荒神(荒々しく暴れる神様。善を助け悪を罰するという)出自の源とされ、役小角によって山岳修行の聖地の一つとされました。
私は、そば畑を見に行った時に、車でちょっと前を、通りかかったのですが、参道に並んだ灯籠が素敵でした✨
ぜひゆっくりと、訪ねてみたいと思います(*´ω`*)
笠そば処
笠山坐神社のすぐ北にある「笠そば処」。
笠荒神のそば畑には、毎年9月には白い蕎麦の花が咲き乱れ、写真撮影スポットとしても知られています。
そして、ここで採れた新そばを、毎年11月中旬より食べることができます。
新そばの季節には、大勢の人が訪れ、特に土日祝日のお昼は行列必至と言われているほど。
そんな、笠のそば畑ですが、意外にも平成に入ってからの町おこし事業として、桜井市の名物・三輪そうめんに続く特産品を目指して、栽培が始められたそうです。
令和の現在、笠そばは広く知られるようになり、成果が出てきたと言えるのではないでしょうか。
龍王山城跡
ところ変わって、笠より北西に、天理市の方に向かっていくと、周囲よりひときわ高い龍王山(586m)という山があります。
山頂の龍王山城は、戦国大名の十市遠忠の築城でしたが、十市氏は松永久秀との戦で破れ、松永氏の居城となりました。
その後、松永氏は織田信長に敗れ、龍王山城は翌天正6(1578)年に、信長の命令で廃城となってしまい現在に至ります。
城域は非常に広大で、一説では名山城として名高い「高取城」よりも大きかったとも言われており、山頂には南城(詰め城)と北城(本城)で1つの城とする、別城一郭という珍しい城塁跡を残しています。
本丸・竪堀・石垣などの遺構が数多く残っており、展望台からは、奈良盆地を見下ろすことができ、金剛生駒連山を眺めることも出来るとのこと。
また、龍王山城にまつわる数々の戦の歴史には、「ジャンジャン火伝説」など、悲話も多く語り継がれています。
桃尾の滝
さて、龍王山城跡より、天理ダムを越え、さらに北に行くと、桃尾の滝があります。
桃尾の滝は、布留川の上流桃尾山に位置し、高さ約23mで、大和抗原の西端を南北に走る春日断層崖の中で最大の滝です。
古今和歌集において後嵯峨天皇や僧正遍昭が「布留の滝」と詠んだ滝とも言われています。
ここは、明治時代に廃絶されるまでは、桃尾山蓮華王院龍福寺という、義淵によって開かれた密教寺院の境内地でした。
また、石上神宮の元宮であったとも伝わっており、現在は、毎年7月の第3日曜日に、滝開きの神事が執り行われています。
滝壺の左側には、鎌倉時代中期の作である不動三尊磨崖仏や、南北朝時代前期の作とされる如意輪観音と不動三尊の石仏などがあり、当時の面影が残されています。
《参考文献》
まとめ
今回は、桜井の笠地域を中心に、行ってみたい場所としてご紹介させていただきました。
我が国で初めての、大きな集落跡が見つかった、纏向遺跡より東に入っていった場所であり、大好きな長谷寺からも入っていける神秘的な場所✨
別に、一番の目的はお蕎麦…というわけではありませんよ(;^ω^)
きっと、おそらく、たぶん…(笑)
最後までお読みいただき、ありがとうございました<(_ _)>