kumakuma blog   クマ子の奈良歩き

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天皇家ゆかりの帯解寺周辺には伝説がいっぱい

先日の奈良まほろばソムリエ検定奈良通1級受験のための体験学習プログラムにて、北山の辺の道を辿るコースに参加してきましたが、今回はその中で「帯解寺」「龍象寺」をご紹介したいと思います。

「奈良まほろばソムリエ検定奈良通1級受験のための体験学習プログラム」についてはコチラ☟ 

www.norikuma2.com

場所的には、奈良市の南東の外れの辺りになります。

東大寺や春日大社、飛鳥や吉野・大神神社などに比べると、それほど有名ではないエリアになりますが、ここにも、見どころがギッシリ詰まっていました♪

今回は「Nara観光コンシェルジュ」の方から伺ったお話などを中心に、全国的にも有名な安産祈願寺をレポしていきたいと思います(*‘∀‘)

 

歴代の皇族方へも腹帯を献上・安産祈願で知られる「帯解寺」

「帯解寺(おびとけでら)」…読み方がやや難しいですが、現代に生きる日本人にとっても、実は馴染みのあるお寺です。

その理由は…帯解寺の縁起にあります。

①そもそもの始まりは、平安時代の門徳天皇の染殿皇后(藤原良房の娘)が、夢のお告げにより、現在の帯解寺のご本尊である「帯解子安地蔵菩薩」にお祈りしたところ、無事ご懐妊、後の清和天皇をご安産されたことによります。

このことを大変お喜びになった門徳天皇により、伽藍を整えられ「帯解寺」と勅命されたのが始まりです。

※ご本尊の「木造地蔵菩薩半跏像」は、腹部に腹帯を巻かれた、珍しい地蔵菩薩像で、左手に宝珠・右手に錫杖を持ち、左足を踏み下げて岩座上に坐っておられます。

この一風変わったご本尊、近くで見ると、とても威厳があって感動します(*''▽'')

別名「腹帯地蔵」と呼ばれています。 

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本尊・地蔵菩薩像(国指定重要文化財)

②時は変わって江戸時代、なかなかお世継ぎに恵まれなかった、二代将軍秀忠公の正室・お江の方が、帯解寺のご本尊に祈願され、無事、第三代将軍・家光公を…その後も、家光公の側室お楽の方が、第四代将軍 ・家綱公をご安産されました。

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四代将軍・徳川家綱公より寄進された手水鉢

またその後、東山天皇を始め、皇族方や貴族が安産祈願により、無事子宝に恵まれ、安産祈願の帯解寺…として、名が知られていきます。

③そして近年になって、美智子皇太子妃殿下(現・上皇后陛下)のご懐妊に際して、安産岩田帯・御守を献納し、無事、浩宮さま(現・今上陛下)・礼宮さま(現・秋篠宮皇嗣殿下)・紀宮さま(現・黒田清子さん)をご出産されました。

さらには、秋篠宮妃紀子さまの眞子さま・佳子さま・悠仁さま並びに、皇后雅子さまの敬宮愛子さまご懐妊の際にも、安産岩田帯・御守を献納しています。

実際、帯解寺には、皇族方からのお礼状も展示されています。

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このように、現在の皇室にも馴染みの深い帯解寺なので、もちろん一般の方のご参拝や御祈祷も多く、このお寺に腹帯をいただきに来られる方もたくさんいます。

 

一方、伽藍の方は、1180年の平重衡・1567年の松永久秀による二度の南都焼打ちにより焼失、また江戸時代の安政の大地震で倒壊し、現在の本堂は、1858年に再興されています。

地震で倒壊後、早い時期に再興されていることからも、徳川将軍家に重んじられていたお寺であったことがよくわかります。

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本堂(江戸時代再建)

本堂にはその他に「十一面観音立像」や「千手観音立像」「染殿皇后画像」など、見どころある仏像や絵画が多数展示されています。

また、皇族方からのお礼状が展示されているショーケースの上部に掲げられているのは「皇室カレンダー」で、天皇ご一家の写真になっていました。

ご両親の間に座られた愛子さまの笑顔を拝見して、この帯解寺が奈良にあることを、改めて誇らしく感じました。

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石造 十三重塔

《帯解寺・拝観情報》

所在地 〒630-8444 奈良市今市町734

電話番号 0742-61-3861

拝観受付 9時~16時(受付~16時半)

御祈祷受付 8時半~16時半

拝観料 大人400円 高校生300円 中学生200円 小学生100円

帯解寺公式サイトはコチラ

公共交通機関でのアクセスは、JR桜井線帯解駅より徒歩3分。

もしくは、バス停「下山」(近鉄奈良から約15分)下車徒歩9分。

バス時刻は奈良交通公式サイトへ

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第一駐車場

駐車場は、三か所あります。

 

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こじんまりとした、たいへん由緒あるお寺です。

最寄り駅の帯解駅からも近いので、奈良観光の際に、可能であれば観光プランに組み込んでみてくださいね('ω')ノ

 

そして、第一駐車場のところには、こんなものが…

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小町之宮

ここにも「小野小町伝説」があります。

これにちなんで、幸せに生きる心の美人が増えてほしいという願いをこめて「小野小町忌」が、毎年4月24日に開かれています。

いったい、小野小町がいた、という伝説は、日本にどのくらいあるのでしょうか。

本当に不思議だなぁと、いつも思います(;^ω^)

 

また、帯解寺の前の南北に延びる道は、古代の「中ツ道」です。

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この道を北に向かって、ずっと歩いて行くと興福寺の南にある「猿沢池」に着きます。南に向かうと「藤原京跡」まで続いています。

昔の重要な街道跡です。

 

もう一つの安産祈願寺・伝説がいっぱいの「龍象寺」

さて、帯解寺から南に歩いて3分のところに「龍象寺(りゅうぞうじ)」があります。

ここも、帯解寺と並ぶ、安産祈願の寺として知られています。

730年、光明皇后の安産を祈願して、聖武天皇が行基(東大寺の大仏建立のために奮闘したことで知られる奈良時代の高僧)に命じて創建したと伝えられています。

上のグーグルマップを見ていただいてもわかるように、龍象寺の西には「広大寺池」と呼ばれる大きな池があり、その畔にあった広大寺の「奥の院」として開基されています。

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また「広大寺池」は、推古天皇の時代に、聖徳太子が秦河勝に命じてつくらせたとも、平安時代に弘法大師がつくらせたとも言われている池です。

聖徳太子や弘法大師も、全国各地に伝説が多いですね~不思議。

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本堂

この本堂の中には、行基作…と伝わる「地蔵菩薩半跏像」(お寺のホームページを見ると《宮内庁》と書かれた札が御本尊の前に置かれてます)があります。

また、伝説に彩られた龍の伝説を持つ「龍の天井画」(狩野春甫・作)もあります。

帯解龍は夜な夜な、本堂の前にある広大寺池で遊び、天井に戻る折、その雫をポタポタと落とした…といいます。その龍の魂は同じく、本堂内の弁財天として祀られています。

さらに堂内にある、江戸時代に霊元天皇から寄付された扁額は、名僧・百拙禅師が書いたといわれています。

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この日は、本堂の中を見ることができませんでしたが、拝観情報等がネットに上がっていましたので、貼っておきます。

龍象寺についてはコチラ

〒630-8444 奈良市柴屋町177

電話番号 0742-61-6720

龍象寺受付 8時~17時 年中無休 

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《参考文献》 

・帯解寺発行公式パンフレット

 

まとめ

奈良観光の中では、ちょっとマイナーなエリアになる「帯解」界隈をご紹介させていただきましたが、いかがでしたでしょうか。

今回は「奈良観光コンシェルジュ」の方にガイドしていただきながら行ったエリアのレポだったので、普段より豆知識を得ることが出来ました♪

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皇室御用達・安産腹帯を献上している「帯解寺」や、もう一つの安産祈願寺で、龍の伝説がある「龍象寺」と、帯解一帯は安産祈願エリアです。

また、聖徳太子や小野小町に弘法大師…と、お馴染みの伝説もある一帯でもあります。

そして、昔のメインストリートだった「中ツ道」沿いにもなり、古き良き街並みが残っています。

 

奈良観光の際、機会がありましたらぜひ、この辺りにも足を運んでみてください(*''▽'')

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

※この記事内の情報は、2019年11月17日現在のものです。実際に行かれる際には、最新情報をご確認くださいますようお願いいたします。